花丸リンネの推理

33以前よく行っていた往来堂書店に並んでいたのは覚えています。谷根千が舞台のミステリーだということで、へぇ…と思ったのですが、残念ながらこの表紙から、「ああ、お子ちゃまミステリーかな…」と思ってしまいました。昨今流行っている「ライトノベル」というレベルなのか、はたまた私たちの世代には懐かしい「朝日ソノラマ文庫」「コバルト文庫」って雰囲気なのか、とにかくオッサンが手にする作品ではないのかな…と思って手を伸ばさなかった記憶があります。

再度見直したのは、実は小6の女子が読んでいたことがきっかけ。
「あ、これ、知ってるよ!」
と言うと、
「すごく面白い」
とのこと。ああ、やはり子供向けかな?と思いつつも、じゃあ読んでみようかと入手しました。

結論から言うと、なかなかやりよりますな、阿野冠。谷根千の描写もさることながら、登場人物の心理描写なども結構なもの。語彙力も高校3年生とは思えないほど豊かで、予想に反して読み応えのある作品でした。何より、意外にも、あとがきの秀逸さにビックリ。ちょっと引用してみましょうか。

「学歴社会が定着し、受験競争に巻き込まれた少年たちはすっかり牙をぬかれてしましまった。草食系男子やオタクなどとあなどられ、社会正義に目を向ける気力さえ薄れている。それは僕も同じかつて江戸川乱歩が描いた《少年探偵団》の目を見張る活躍も、すっかり現実味を失ったようだ。今、ひたすら元気なのはローティーンの少女たちなのだ。特に中二の女生徒たちの底力はすごい。絶えず楽しそうにしゃべり続け、新情報を交換し合って動き回り、臆することなくさまざまなジャンルにチャレンジしている。そうした平成の世にあって、東京の下町にボランティアの《花丸少女探偵団》が結成されるのは当然の成り行きかもしれない…」

ちょっと大人びてやいませんか。それほど客観的な観察眼とボキャブラリを兼ね備えていると思います。いや、大人でもなかなかこんな文章は書けないでしょう。確かに男子よりも今は女子が元気。ローティーンに限らないとは思いますが、大学生も海外へ飛び出ていくのはみんな女子。海外で出会う日本人もほとんどが女子です。男子大学生は居酒屋で、いつもの小さなグループでたむろしている… そんなイメージ。それを見通している高校3年生… 何だか全て見透かされている気がします。

美しくて背が高く、スポーツ万能でなおかつIQ180というスーパー女子高校生・花丸リンネが、谷根千中学校№1の俊足を誇る桜つぼみをリーダーとして「花丸少女探偵団」を結成し、谷根千中のアイドルが行方不明になっている事件を解決するというストーリー。谷根千、特に根津や谷中近辺が舞台なので、ほぼ私達は全部場所が分かります。

夕焼けだんだんに谷中銀座は定番としても、甘味処の芋甚に根津のたい焼き、根津神社はかなり細かい描写もあるし、東大赤門や安田講堂も行動範囲であることは「ああ地元のこと知ってるなー」って感じ。へび道を歩く場面とか、根津神社の裏門坂も出てきます。また、江戸川乱歩が書いた「D坂の殺人事件」の舞台は、実は「団子坂」なのだということは、私はこの作品で初めて知りました。ああ、だから谷中小の近くに喫茶店「乱歩」があるんですね… そういういわれがあるんだ… いや、お恥ずかしい。

調べてみると、この「D坂の殺人事件」には古本屋と蕎麦屋が登場するのですが、乱歩は作家になる前・大正8年に東京市文京区本郷駒込林町の「団子坂」で弟2人とともに実際に「三人書房」という古本屋を営んでいたのだそうです。作品の舞台である「D坂」とは、この「団子坂」のことなのだそうです。

高校3年生の文章力に圧倒されつつも、若者の知力もまだまだ捨てたものではないのだなぁと、少々嬉しくなる作品でした。

花丸リンネの推理
 
阿野 冠 (著)
税込価格:1,470円
出版社:角川書店
ISBN:978-4-04-110031-8

関連記事

  1. バッタを倒しにアフリカへ

  2. 「終りに見た街」

  3. 【書評】間抜けの構造

  4. お父さんがキモい理由を説明するね

  5. 【書評】東京最後の異界 鶯谷

  6. 終りに見た街

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

塾長ブログ

2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930