私にはいまだに深く悔やんでいることがあります。それはある子を助けてあげることが出来なかったということです。
私が悔やむことと言えば、大抵お預かりした子を十分育てられなかったり、理解してあげられなかったり… そういうことなのですが、その中でも一番印象に残っているのがこの子でした。
この子は、「統合失調症」に悩まされる子でした。この言葉をご両親から聞いて、正直知識不足だった私はその症状や対処について、理解をしてあげることが出来ませんでした。
その子はほどなく塾を去って行きましたが、その後に調べてみると、統合失調症がかつて精神分裂病と呼ばれていたことや、発生率は120人に1人と決してまれな病気ではないこと、遺伝子的な要因のほかに環境要因があることなどを知りました。もちろん、その子を受け入れること自体、我々にはあまりに能力が無さすぎたという事実も後から知ることになり、無知はいかに無力で愚かであるかを身をもって知りました。
以来、統合失調症という病気については、決してそのような病気を持つ子を受け入れることが出来る体制を整えているわけではないのですが、自分自身として「理解したい」「知りたい」という気持ちを持ち続けて来ました。それは学問的なことではなく、また医学的なことでもありません。純粋に、どんなふうになってしまうのだろう? どう対応してあげたらいいのだろう? そしてどうしたら治るのだろう? そんな子をどう手助けしたらいいのだろう? 精神的ストレスには恐らく耐性がある私にとっては、正直「理解が出来ない」からなのです。
統合失調症は、出生時に産科的合併症があったり、父親が高齢であること、冬生まれであること、妊娠中の大きなストレスや幼年期に於ける飢え・栄養失調、毒素、薬物乱用などで子どもに発生リスクが高まるのだそうです。
しかし、それだけではなく、性格的にとてもマジメだったり優しかったり、気を遣う人だったりすると、どんどんストレスをため込んでしまい、発症するとも言われています。原因は諸説紛々、決定的なものは無いようですが、本人ははかり知れない重圧と恐怖、不安、緊張と戦っているのだそうです。そして、幻聴が聞こえたり幻覚が見えたり… まだまだ世間の偏見は相当なものがあるのですが、それも「どう対処したら良いかわからない」というのが正直なところなのだと思います。以前の私のように、知らないから困ってしまう…というところではないでしょうか。
ボキャブラ天国や電波少年で一世を風靡した「松本ハウス」のボケ、ハウス加賀谷さんが、人気絶頂の時に統合失調症を発症し(というか、再発させ)、治療のために芸能界から去ったという話は伝え聞いてはいました。確かにぶっ飛んだ芸風だったため、世間では「ああいう病気だから…」と思われていたのかも知れません。
しかし、新薬のお蔭でかなり症状が回復し、長い闘病生活の後にまた「ハウス加賀谷」として舞台に戻ってきたという話を聞き、またその体験記が本になると聞き、すぐさま入手。急いで読みました。
もちろん彼の体験が全てではありませんし、統合失調症と一言で言ってもかなり広範囲に渡る症状があるということも学びましたが、単純に、「一体どんなふうになっちゃうの?」「どんな治療が行われるの?」「どんな症状に悩まされるの?」「どう回復するの?」「どうしてあげたらいいの?」そんな疑問のかなりの部分が解消されました。そう、そこが知りたかったのですから。
読んでみると、加賀谷さんは芸風とは異なり、とても生真面目で純粋。頑張り屋で気ぃ遣い。親の期待に応えようという気持ちで中学受験塾に通ったり、自分の失敗を「申し訳ない…」と抱え込んでしまったり、確かに統合失調症の危険因子をたくさん持ち合わせていたように思います。
私は、ある意味「いい加減」で、親の期待も裏切ってきましたし、自分の失敗も「しょうがなくねぇ?」と開き直ってしまったり、反省はするけど後悔はしないなどと言ってしまう、言うなれば無責任かつ能天気なところがあります。性格の問題と言われればそれまでなのですが、真面目な人、いい人が襲われる病だなんて、何だか申し訳ない気がします。
今でも治療は投薬治療がほとんどであるようですが、加賀谷さんが病気を悪くした一つの原因は、処方された薬を自分で勝手に分量を変えたり飲まなかったりしたことだと、本人が挙げています。これはもっともよくないことなのだと訴えています。もっとも、後に出てくる新薬が加賀谷さんにはとても合ったようで、劇的な症状改善が見られたそうですから、この病に悩まされる人には光が見えてきているのだと思います。そういうことも、実は縁が無い我々は知らないのですね。
本書の中で、加賀谷さんは、今まで人を恨んだり呪ったりする「負の力」で仕事をしてきたと言います。しかし、それは必ず自分に跳ね返って来て、自分を追い込む危険な刃物だとも言います。だから、今は「正の力」で仕事をしているのだとか。誰も恨まず、呪わず、感謝して過ごす。これは万人共通の正しい生き方かもしれません。誰が悪い、彼が悪いとか、時代が悪い、社会が悪いなどと世間のせいにしていても、何のプラスにもなりません。
あの頃、この本があって、私に知識と理解力があったら、あの子を少しだけでも手助けが出来たかもしれません。しかし、勉強不足の私は、何の力にもなってあげることが出来なかった… それほど、本書は、この病気に悩まされる人へのエールとなり、またこの病気をまったく知らない人への「基礎知識の教科書」的な意味合いを持ちます。是非ご一読頂くと良いなあと思います。
「統合失調症がやって来た」/松本ハウス
イースト・プレス 1300円
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