旅に出ることを推奨しよう

「可愛い子を旅に出しましょう」
と言い続けていますが、なかなかそうもいかないのが普通のようです。

私の家庭は、家族旅行の思い出が極端に少ないのです。
箱根。
岐阜。
那須。
その3回しかありません。ですから逆に印象深い旅行ですが(笑)、父が出不精だったので、旅に出たい私はもう我慢できず、友達と一緒に勝手に行動を始めました。

時に小学5年生。

最初に、千葉の自宅から、茨城県の下館まで。
関東鉄道の常総線に乗りたくて出かけたのが最初です。その際に母に言われたのは、

「計画表を出せ」

ということでした。どこで、いつ、何をしているのかをちゃんと書いて出していけば許可するといわれて、時刻表で調べていろいろ考えて、旅程を出しました。何時に帰ってくるかも明記して。でも、実際は上手くいかなくて、間違って急行に乗ってしまったりしてドキドキだったのですが、でもこのころから、ちゃんと計画があれば申請が通ることを学びました(笑)

その後は、休みのたびにどこへ行くかを考えて、あっちこっちに出かけました。中学時代は千葉県内が多かったように思いますが、それでも房総の方まで行ったり、銚子の方まで行ったりと「遠出」をするようになりました。

高校からは泊りがけで。
中学卒業時に東北1週間に友人4人と。
1年生の夏には山陰や信州へ。2年の春休みは北海道。夏休みに四国と中国。細かな旅はちょこちょこ出ていました。受験があったので、その時期はなかなか行けませんでしたが、その後も瀬戸内や北陸、秋田、山形、会津、京都… とにかく行けるところは行きました。日本三景も制覇していますし、三名園も後楽園を残すのみ(笑)海外もチョコチョコ。

旅行に出るには、それなりに練習が必要です。
私はよく、旅行経験も海外経験もない子がいきなり長期留学に行くことを懸念して注意することがありますが、本当に旅慣れていない子がいきなり極端なことをすると本当に失敗します。怖いところもわからないし、その感覚が全然ないと犯罪に巻き込まれたりもします。

少しずつ慣らしていく。
少しずつ経験させていく。
次第にできるようにしていく。
確かに「出不精の父」でしたが、そのおかげで自分で出るようになったのですし、何より「母の教育」は正しかったなぁと今でも思います。少しずつ経験させる。計画を立てさせる。最初は管理下に置いて自由行動させる。

この方針は、私の教育理念にも通じるものがあるのだと思います。

「物理的な距離は心理的な距離に比例する」
とも言います。物理的に離れられない人は、日常からなかなか離れることができないため、気持ちの転換が上手にできないといいます。私たち様な働き方をしていると、なんだかんだ言って24時間仕事のことを考えていたりします。それが日常ですし、ライフワークなのですから仕方ない。

だからこそ、その日常から「物理的距離を取る」ことも重要で、知らない土地で、ただの観光客になって楽しむ時間もまた必要だったりします。今はなかなかそれが取れていないのも残念ですが、あと少しの辛抱と思って頑張っています(笑)
 
若い子は、時間はあるけどお金がない。
だから青春18きっぷで旅をすればいいのです。
おっさんは、少しお金はあるけど時間がない。
新幹線で旅をするしかないのです。
さぁ。
かわいい子には旅をさせましょう。
一人旅はだめですけど、友達どうしから、少しずつ遠出を。

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