大学時代のゼミの教授が亡くなられたそうで、日曜日、お別れの会に出かけてきました。新宿のハイアット・リージェンシーで、皆が集まりワイワイやるという会のようでした。
いつの間にか先生は「名誉教授」になっておられました。
面白い先生で、私が授業に出ている頃、1年ほど中抜けして海外へ出張されていましたが、帰ってきてまだ授業に私がいるので、「オマエ、まだいるのか!」と笑われたのを覚えています。相当留年していましたのでね(笑)
でも、外書の授業などでは、皆が必死で予習してきて、それでも誤訳をして叱られていましたが、私はノー勉で、初見で適訳。外から受験して入ってきた人間と、内部から上がってきた人間の恐ろしいまでの学力格差に呆れ、授業などバカにしていた… そんな感じでした。私も若かったなぁ…
先生は、私のことなんて覚えていないでしょう。
ゼミ合宿なんてものの存在すら知りませんでしたし、先生のお宅に集まって飲む会もあったらしいですが、知りません。ゼミの卒業写真にも私は写っていませんし、そもそも卒業アルバムなんて持っていません。卒業式すら出ていない始末… 卒業証書は研究室で助手のお姉さんにもらいました。へへへ。
でも、その後、「THEワイド」のコメンテーターとして出演されていたのも、「NHKの窓」みたいなNHK批評の番組に出ていたのも見ました。「あら、先生、何してんの?」みたいなね(笑)
お酒の好きな先生でした。私の高校時代の恩師(いまだ交流があります)に非常に似たタイプで、ああ、こういう先生に私は縁があるんだな…と思いました。Gパン履いてるような先生にですね。
私は、優秀などとはとても言えない生徒でした。
ロクすっぽ授業にも顔を出さず、いるんだかいないんだかわかんないような、テキトーな生徒でした。いつまでも居られちゃ困るから単位をもらったようなもので、卒論も手元にあるということは、優秀論文じゃないということで。
でも、大切に卒論は手元にとってあります。
これこそが、私の大学生活唯一と言ってもいいほどの存在証明。もちろん勉強面において。
先生の遺影の前に献花して来ました。そして、お写真をしばらく見つめ、長いこと頭を下げてきました。
不良生徒でしたが、今はこうして、何とかやっております。ありがとうございました。 にっこり笑った先生の遺影は、ちょうど私が大学に居た頃のものではないかな?と思います。
相当な不良学生だったので、大学時代、「先生」と呼べる先生が3人しかいません。一人は1年生のときの担任だった北川先生。私の単位の取り方を心配してくれていました。
そして、留年がかかっていても、ドイツ語の単位をどうしてもくれなかった濱川先生。あの時は鬼だと思いましたが、今思えばあそこで単位をもらっていたら人生をナメていたでしょう。本当に感謝しています。
そして、ゼミの石川先生。
北川先生は分かりませんが、濱川先生は数年前にお亡くなりになりました。そして、今回石川先生が亡くなりました。どんどん、先生がお亡くなりになるのは悲しいことです。一つ一つ、私の思い出が消えていくようで、本当に寂しい…
こういう機会がある度に、私の若気の至りを改めて知り、私に関わってくれた方への感謝の念を強くします。
会場には、私の知り合いなど誰も居ませんでした。むしろ、私のほうが「オマエ誰だよ?」くらいの感じでしょうね。ゼミの先輩とか、友人とか、居ませんからね。先生にお別れだけをして、そそくさと会場を後にしてきましたが、深く深く頭を下げ、お礼を申し上げてきました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
この記事へのコメントはありません。