入れる学校に入れる進路指導って…

 時々、高校の進路指導の先生とぶつかります。

 いや、正確には、学校で進路指導を受けた生徒が不満を我々に吐露し、我々がそれに怒り、そんなものは進路指導じゃない!と息巻く…というパターンです。

 もう10年ほど前になりますかね、ある生徒が高校で進路面談を受けたときのこと。その子は「A大学に行きたい」と告げたそうです。しかし、進路の先生(担任かな?)は、こうのたまったとか。

 「うん、A大学もいいけどね、大学入試っていうのは、推薦とかAOとかで行けそうなところへ行くのがコツなのよ。ここなんかどうかしら?」

 示された大学は、「どこにあるんですか?」というような大学。本人はA大学だって言ってるんだから、A大学へ行くための指導をすればいいのです。なぜ、見たことも聞いたこともないような大学へ行けと勧めるのかがさっぱりわかりませんでした。あの時は、怒りが爆発しました…(笑)

 まぁ、この例は極端な話ですが、これに近い話は毎年毎年聞きます。本来、こうやって合格実績を稼ぎたいのは予備校や塾の得意技でした。それが今や逆転。学校が進学実績を稼がなければならない時代ですから、大変なんだなぁと思いつつ、もう、目的と手段がメチャクチャになってるなぁ…とも。果たしてそれでいいのでしょうか?

 今年も、ある生徒が担任からこういわれました。
 「オマエ、A大学すら受からないから、志望校変えてくんない?」「B大学なんて受けるの無駄だよ」「C大学受けるのやめてくれない?」


 あらあら…
 予備校でもこんなことは言いません。もっと頑張れと言うでしょ。今年も私は「目にモノ見せてやれ!」とハッパをかけました。

 結果、「すら」と言われた大学に合格し、無理だと言われたMARCHの一角を崩し、合格。ざまーみろです(笑) 合格の報告の電話を学校に入れたら、学年主任が飛んできたそうです(笑) 本人いわく、「気持ち良かったぁ!」
 

 入れる大学に入れればいいんでしょうか。
 私は、行きたい大学に行かねば意味がないと思います。「行きたいとか行きたくないとかは分からないが受かるから行く」というのもどうなのかと。
ましてや大切な進路を先生に決めてもらっちゃうというのも… どうかと思います。それでいい人はいいんでしょうけどね。

 希望にもよりますが、私はAOや推薦で適当に進路を決める(いや、むしろ決められると言えるかも…)くらいなら、必死に勉強して一般入試で合格をつかませたいと思います。勉強する意味もあり、合格校は自分でつかんだ大学ですし、結果的に「行く意味がある」のだと思うからです。一生のうちに目の色変えて勉強する時期が一度や二度必要だと思いますよ。

 今年、偏差値50の都立高校からわずか半年で日東駒専をつかんだ子もいます。気持ちよくMARCHをつかんだ子もいます。

 もちろん桜学舎に来たら全員が合格をつかめるわけではないのかもしれません。しかし、後悔しない受験をさせられることは確かです。だって、塾の都合で受験させることはありませんし、学校の都合は全て否定しますから(笑) あくまで、その生徒の希望。その生徒の願いを叶えるために進路指導をします。志望校の変更をする時も、単に受かればいいのではなく、その先の希望をよく考えて、その希望を叶えることが出来る進路でなければ変更はしません。

 目的と手段をはき違えちゃいけません。
 味噌もクソも一緒にしちゃいけないのです。

 塾の手柄は、「結果論」で結構です。
 狙って合格実績を出すなんてことはありません。どこ大学に何人入れるかなんて、それこそ昔は子供を商売に使っていると、学校や文部省が散々塾を批判したじゃないですか。それこそ文部省は「塾」などというものは我が国に存在しないと定義していたのですよ!昔は!(笑)

 桜学舎は、生徒の願いを叶えるために努力します。行きたい学校に行けた、もしくは勉強してよかった。そう言っていただけることだけが桜学舎の勲章です。

 次の受験生が勉強を始めました。
 また新しい1年が始まります。
 がんばりましょう。
 あなたの人生を切り開くのは、あなただけです。
 「過去」と「他人」は変えられません。

 変えられるのは、「自分」と「未来」だけなのですから!

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