阿房列車

03524043_1  鉄道とは本来移動手段です。旅行は目的地の観光や、その途中での風物や風景を楽しむことが目的なのであって、移動手段である鉄道は、場合によってはそれがバスになったり車になったり、はたまた飛行機になったりしても構わないはずです。

 ところが、世の中とは不思議なもので、この移動手段自体が旅の目的になったり、またこの移動手段自体に愛着を持ったりする人々がいます。世ではそれを「マニア」「オタク」などと呼ぶのでしょう。鉄道には「テツ」と呼ばれる鉄道マニアがいます。もちろん、車にも飛行機にもマニアはいるのですが、近年鉄道の世界は女子の進出率が著しい「業界」となっています。著者も「テツ」を名乗って憚らない一人。まぁ、ソフトなテツなんでしょうが、最近エッセイを随分出しています。

 古くは内田百閒がその人。「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う」と言って、「阿房列車」という旅を始めたのが昭和26年。その後、宮脇俊三が日本全国の鉄道全線に乗り、「時刻表2万キロ」「最長片道切符の旅」「終着駅は始発駅」など数多くのエッセイを残しました。彼も「阿房」の一人。

 最近ではこういう方々を「乗りテツ」と言うのだそうですが、かく言う私も以前は随分と「列車に乗る」ことを目的とした旅に出ました。最盛期は高校生~大学生の頃でしょうか。特に高校時代は休みの度に遠くまで出かけ、当時次々と廃止されていった国鉄赤字ローカル線を乗りまくっていました。中学卒業時には東北地方をぐるりと1週間かけて回り、高1の夏は中国地方へ、高2の春には北海道、高2の夏に四国一周… 日帰りや短期を含めると、本当に休みの度に出かけていた気がします。まぁ、気の合う友人たちとも出会ったのが良かったのか悪かったのか…

 しかし、観光をした思い出はなく、ひたすら列車に乗ることが目的でしたから、次から次へと列車を乗り継いで、移動ばかりしていた旅でした。そのおかげで、今は既になくなってしまった「同和鉱業小坂鉄道」「十和田観光電鉄」「南部縦貫鉄道」「弘南鉄道黒石線」「筑波鉄道」「長野電鉄木島線」「下津井電鉄」や全国の国鉄ローカル線には乗ることが出来たのですが、果たしてそれが良かったのかどうか…(笑)

 ただ、最近、私はまた、この「ただ列車に乗る」という旅に出たいという気持ちが強くなり始めました。朝から晩まで、ただひたすらゴトンゴトンと列車に揺られる。どこへ行くかはあまり考えず、気の向いた方向の列車に乗る、そんな自由な、ゆったりとした時間を欲しているのでしょう。

 大学生、特に文科系の大学生はとても暇です。いや、正確に言うと暇な時期があります。8~9月、2~4月です。まぁ、自主休講にしたり(笑)、サークル活動をしていなければ、毎日休みにすることも出来そうなゆるい環境ですが、この時間を持て余す人が結構いるようです。よく、「どうしたらよいだろう?」と聞かれることがありますが、私は「旅に出なさい」と言います。

 どこへ? 何しに? すぐこういうことを今の子は聞きますが、「適当」と答えます。大抵、キョトンとしていますが、それが旅なんだと話すと、なんだか納得したようなしていないような…

 大学がお休みの時期、私は何度か、「最初に来た列車に乗る」という旅に出たことがあります。実家のある総武線の駅から、たまたま早く出るのは千葉行でしたから、千葉まで乗車。千葉から最も早く出る列車が成田回りの銚子行。ゴトゴト揺られると、途中駅で鹿島線に乗れて、気ままに乗り換え。鹿島神宮へ出て、鹿島臨海鉄道に乗り換え、気づけば水戸にいました(笑) 夕方でしたので、ちょっとだけ水戸で観光して、常磐線経由で帰宅しました。何だか面白かったなぁ。普通ではなかなか行かないところへ行けて。

 今では毎日の仕事に追われ、時間に追われ、また時間の流れが非常に速くてあっという間に1日が終わる日々。考えること、やらねばならないことが山積。有難いことではあるのですが、心に余裕がなくなってきているのも事実。こうなってくると、面白いことを子供たちに話してやることも、ネタになることもどんどん減っていってしまいます。これが「オッサン」になるということなんでしょうね。常に、「これ知ってる?」という立場にならねば、子どもたちとお付き合いは出来ません。

 最近は、カメラを持ってテクテク歩くというのを「健康のため」と言うようになりましたが、本当は放浪の旅に出たいだけ。勝手気ままな時間を過ごしたいだけです(笑) しかし、それにはちょっとまだ修業が足りないようです。

 ゆえに、こんなエッセイで心癒され、漂泊の想いやまず…となっているのであります。日々旅にして旅を住処とす。行き交ふ年もまた旅人なり。嗚呼…
 


女流阿房列車 (新潮文庫)
酒井 順子 (著)
出版社:新潮社
ISBN:978-4-10-135120-9
税込価格:515円 

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